習慣を味方につけて、わたし改革。「この方法で驚くほど減る、承認欲求」

良き習慣

自分を愛することで
承認欲求は満たされる。

良き習慣を身につけることで
自己肯定感はアップする。

この二つは、幸運と深く結びついて
いると、わたしの経験上思うのである。

こうすれば承認欲求は落ち着いてくる

「誰かに認められたい。」

そして、自分はなかなかやれてる
という気分を味わうことで幸せを感じる。


深いところでは、自分には価値があると
感じることができて安心する。


安心感があれば、生きていくのが
楽になる。


だから、誰かに認められたいと
思う欲求は、ごく自然なことなのだ。





けれど、いつも都合よく
誰かが自分を認め
安心させてくれるわけではない。


人は皆、自分以外の他人のことを
ずっと考えて生きているわけではないから。


この承認欲求を満たすには
自分で自分のことを認めるのが良い。


では、自分のことを認めるとは
どういうことか?







自分を認める方法

自分を認めるとは

自分の調子や気分が良い時だけ
何かできた時だけ認めることができるけど
それ以外はちょっと…。

と、いうことではない。



認めるとは、見て留めることである。


見て、それがあるな、よし。
と留める(認識する)ことである。



自分の中にどんな思いがあるのか?


都合の良い思いばかり「あり」にして
都合の悪い思いや認めたくない思いは
「なし」にしてはいないか?


この、認めるとは、何でも受け入れる
広い心を持つとかいう話ではない。



勇気を出して
ただ、見て留めることがポイントなのだ。



それには、自分から少し距離をとる
必要が出てくる。


そこで、自分が自分の
インタビュアーになってみる。

ひたすら、話を聞いたり
わかりにくいところは素直に聞いてみる。







そして、良い悪いとか
正しい間違っているとかの
判断は横に置いておいて

そのまま手帳に書き留めるような
イメージで見て留める。


こんなふうに自分の思いにひとつひとつ
丁寧に接していく。


もう、この姿勢だけで
ずいぶんと承認欲求は
落ち着いてくるはずである。


そしてこの姿勢こそ
自分を愛していることにもなるのである。









インタビュー例

例えば、もやもやしていたとする。

そこでインタビュアー登場。

「どうされましたか?」

「え?あ、いやなんか解せない。」

「はい、解せない。」

「なんかむしゃくしゃする。」

「はいはい、むしゃくしゃする。」
(手帳に書き留めている風)笑


「だってさ、なんなのさ。
わたしばっかり損してる気分になる。」

「なるほど、損してる気分になるのですね。」

「だいたい、あいつがさ〜」

「はい、あいつが…と。えっと、あいつとは?」


「いやさ、あんた話聞いてくれんの?」

「もちろんです。」

なんて流れで、話し始めたら

あとは、ひたすら「なるほど、なるほど」
と、聞いて、決して判断しない。







そうすれば、ある時点から

自分が何に腹を立てていて
何が虚しく感じていて
悲しくなっているのかなど

見えてくるのである。


そして、これが見えてくると
だんだん気がおさまってくる。



本当はあの場面では
褒めて欲しかったと自分が
思っていたとわかったなら

そこはもう全力で自分で自分を褒める。





そ、それ、すげ〜っす!!
その心、さすがっす!!





もし、できるなら(難易度☆☆☆)
そのことを素直に人に話してもいい。


「実は、わたしは一緒に楽しく過ごしたくて
頑張ってたから褒めて欲しかった。」





そして(難易度☆☆☆☆☆)

「だから、褒めて♡」なんて

真っ直ぐ言ってみると
案外、人はわかってくれるものである。


褒められたら、全力で喜ぶ。
そして「ありがとう」と伝える。

これは大切なハッピーセットである。







そして、調子に乗れば良い
喜びの舞を踊れば良い






しかし、この時点では

もう人から褒められようが
どちらでもいいという
気分になっているはずである。


なぜなら、すでに自分で自分を
褒めることができているから
気持ちも半分以上納得しているのである。








仲間はずれにしたり、ひとりぼっちにしない

こんなふうに、自分の話を
しっかり聞いてあげることは

わたしの経験上、ものすご〜く
有効だと感じている。



自分の中にいる
色んな自分を見て留める。


見て留めるという行いは
自分の中にいる、色んな自分を

誰一人、仲間はずれにしないということ。

ひとりぼっちにさせないということ。


これが、自分が自分にできる愛である。




別段、何でもかんでも受け入れろという
話ではない。


もう、そこにあるものをガン無視したり

「あんた、邪魔、どっか行きな」
なんて冷たいこと言わんとってあげてね。

という話。


ただ「あるよね〜」で
それで、ええのである。








この割合で生きていく

人間は神ではないのである。

人間は人間なのだ。


良いところも悪いところもある。
正しくあれたり、間違いをしてしまったり。

そりゃ、色々あるわけで。



しかし、どちらか一方に偏るのは
これまた、生きにくい。



だから、わたしは常々心に留めている。

49%のネガティブ(陰)と
51%のポジティブ(光)を。



50%ずつの中道もいいけれど
わたしは、この差の1%に

今、この世に人間として生きる
面白さが詰まっていると感じている。


この1%に、人間のあらゆる欲が
おもしろおかしく影響するのが
自我と人生の味わいであると感じるのである。

そしてこの1%にこそ、人間の素晴らしい
可能性と成長も使っていきたいものである。




この1%の眩しさよ








一時、この差を取る「悟り」にも憧れたが
今は、このわたしを味わい尽くしたいと
思っている。(ニヤリ)





お読みくださり

ありがとうございました。




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