習慣を味方につけて、わたし改革。「その鎧…お色直しの時間です」

自分を愛して生きていく

もう何者にもならなくても
良いのですよ。

もう誰かに認められたり
愛されたりを求めなくても
勝手にそうなっていきますよ。

あなたがあなたを愛そうとすれば。

このブログでは、
怠け者だったアラフィフのわたしが

今から良き習慣を身につけると
人生がどう変化していくのかを実験し
その経過観察を発信しています。

これまでの人生経験で得た
わたしの考えや思いも発信しています。

読んでくださる方に
ほんの少しでもお役に立てれば幸いです。


 

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余計な鎧は脱ぐと軽くなる

自分を良く見せようとする欲を
減らせば、ものすごく楽になるな〜と
わたしは思っています。

自分を良く見せようとすると
何かしらの「よろい」をまとうことになります。

このよろい…結構な重さなんですよね。

なので、この鎧を脱ぐだけで
軽くなるのはわかるかと思います。

しかし、案外この鎧脱ぐのが
怖かったりするものです。

脱いでしまえば、なんてことないのですがね。







鎧=アイデンティティ?

わたしたちは、物心着く頃から
鎧を着用し始めます。

つまり、自我が発達してくると
自分と他者の認識を強く持つようになるので
(俺か、俺以外か…byローランド的な?)

どうしても自分のアイデンティティーが
必要になる気がしています。

これは、他者から作られたように
感じることもありますし
自分で選んで作っていくということもあります。

いずれにしても「生命」という本体に
「わたし」というスペックが追加されるのです。


このスペックに合った鎧であれば
最高のタッグを組めますが

間違った鎧をつけていると
ただの重いものをぶら下げている
感じになります。








「ねば」を叶えなければクズ気分

社会的に成功せねばならない。
お金持ちにならねばならない。
モテねばならない。
知的であらねばならない。
家庭を持たねばならない。
みんなと仲良くせねばならない。
良妻賢母であらねばならない。


この「ねばならない」こそが
自分が身につけてきた鎧だと思うのです。










そして、この鎧をきちんと着用できなければ

「認められない、受け入れられない

しいては満足いかね〜」

というオプションまで、きっちりついています。



鎧をつける段階では
「そういうものなのだな」と素直に受け入れて
きただけなのに

いつの間にか
自分がこれらを成さなければ未完成のような
クズ気分に陥ってしまうのです。

これが、鎧マジックです。




鎧は本体がなければ、着用することは
できないのに、本体は割と軽く扱われ
無視され続けています。



鎧を着る前の本体を思い出せ

自分の中にある「ねばならない」のだと
着込んでいる鎧を一旦脱いで
ちょっと床にでも置いてみましょう。

そして、本当にそれが必要か?
必要であれば、また身につければいいのです。

な〜んて簡単に言いましたが
これが、いうほど簡単ではないですね。





まるで自分の皮膚感覚で着ている鎧が
ほとんどなのですから。



でも、この鎧はほんの少し見方を変えるだけで
脱ぐことができる後付けのものだとわかります。



それは、自分の赤ん坊の頃の姿を
想像してみるのです。
まだ幼かった頃の姿でも構いません。


そのころは、ミルクをもらうために
お金持ちにならなければと思っていませんし

抱っこしてもらうのに
社会的地位を手に入れる必要もありません。



それどころか
ちょっと寝返りをしてみただけで賞賛の嵐です。

ハイハイしたり、つかまり立ちしただけで
両親は手を叩いて喜びます。

もっと言えば、う◯ちをしても
「すごいね〜えらいね〜」と褒められます。

すなわち、これが本体です。







順番を間違えないように鎧を着替える

この本体を思い出して
まず「自分の存在、最高」と頭の真ん中に
置きます。

「ビバ!わたし!」でもなんでも良いので。






大切なのは、順番を間違えないことです。

鎧=自分ではありません。
本体がなければ、鎧さえ着ることができません。



この本体の凄さ!わかって頂けるでしょうか?

この本体、つまりあなたの「存在」です。






この存在という尊さを
自分に言い聞かせてあげて欲しいのです。


「わたしは自分にとって大切な存在だ」
そして
「わたしは周りにとって大切な存在だ」と。



それから、鎧を選んでいけば良いのです。
鎧とは、社会的な役割のことでもあります。


だから
全てがいらないものとは言い切れませんし
潤滑油になる大切な鎧だってあるのです。


しかし、鎧である以上、後から身につけたもの
なのです。

だから、自分で選べます。着替えられます。
試着もできますし、お望みとあらば、お色直しだって
できますとも!








裸に近い方が、なぜかうまくいく

わたしは
「一生かけてでも自分を愛して生きていこう」と
決めてから

だんだんと、自分に不必要な鎧を
脱ぐことができるようになってきました。


今では「なんで、あんなもの着てたんだろう?」
(あんな望みに執着してたのだろう?)
と思えるほど、年々身軽になってきています。





で、鎧を脱ぐと、なんだか心許ない自分が
あらわになるんでねーか?と
思い不安になることでしょう。


ところが、ところが
これが、全くの逆。



鎧を脱いで出てくるのは
鎧を着ていた時よりも


もっとたくましい自分が現れ
自分らしく力が発揮できたり


そして、もっと人から大切にされ
尊重されるようになるのですよ。



不思議ですよね〜。
赤ん坊の頃の現象再びか!という感じ。









あなたがいると、わたしはうれしい

自分が重くてたまらないけれど
着続けている、その鎧を脱ぐ時期は
人それぞれかもしれませんので焦りは禁物です。



けれど、心にとめて置いて損はないのが
自分=鎧ではなく本体の方だということ。


本体=存在している自分が一番大切
ということです。


鎧を脱ぐのが怖いなら
「仮面」と交換してみたら少しは
軽くなるかもしれませんよ。

仮面は、片手で外せますしね。






いずれにしても、自分を良く見せようと
思っても、案外うまくいかないものです。




人は、その人の世界で好き勝手に見ていますし

服装や持ち物のような
外見で見ているようでも

突き詰めれば、雰囲気で見られているものです。
(昨日の自分の服装さえ覚えてないっす)

せっかくのあなただけの雰囲気を
鎧で隠してしまっては、もったいない。


わたしには見えるんです。(笑)

あなたの、そのなんともいえない
キュートでステキな雰囲気が♡


 






生まれてくれて、ありがとう。
生きてくれて、ありがとう。
あなたがいると、わたしはうれしい。






お読みくださり
ありがとうございました。


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自分を愛する大切さがわかる
わたしのおすすめの1冊です♡

「喜びから人生を生きる!」
アニータ・ムアジャーニ著




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